Katze's Spuren
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愛おしき共犯者 03
刑事さんな蔵と銀行員な光ちゃんのやりとりです.
「財前さん!」
会社を出た財前が呼び声に振り返ると,柔らかい髪色と爽やかな笑顔が印象的な青年が手を振っていた.
人好きのする青年に財前は営業用の対応で歩み寄る.嫌味なく,けれど油断なく,ゆっくりと.
「こんにちは,刑事さん.こないな場所でどうされたんです?」
「刑事さんやのうて,白石でえぇですよ.
先日の事件で面白いことがわかったんで,財前さんの意見も伺ってみようかなーと」
「たかが銀行員の意見が役に立つとは思えませんけど」
白石は身代金事件の担当刑事で,身代金を用意した銀行員としての立場で出会った.あからさまな敵意や警戒は感じられないが,白石は確実に財前を疑っている.
「まぁそう言わずに.例のお嬢さんなんですけど,遊び仲間に近々大金持って駆け落ちするって言うとったらしいんです.その相手については何もわからんかったんですけどね」
「駆け落ちですか…彼女の狂言誘拐だったと?」
「しかも,その相手が主犯でお嬢さんは利用されただけとちゃうんかなぁ…なんて」
綺麗な笑顔で冗談のように会話を広げる白石.しかし,そんな緩やかな揺さぶりで財前は動じない.
「面白い話ですね.協力は惜しみませんけど,あの方とは仕事上の関わりしかありませんよ」
「そらそうですよねぇ.お時間とらせてすみません」
「いえ,これくらいならいつでも.ほな失礼します,刑事さん」
そう言って立ち去っていく財前の背中を,白石はじっと見つめていた.
「(やりにくい…けど,障害ってほどでもあらへん)」
今まで欺いてきた警察の中で,白石は評価に値する存在だ.それでも脅威になるとは思えない.
財前は幼いころから“天才”と呼ばれて育った.周りの大人は優秀な子供という認識しかしていなかったのだろう.けれど,財前自身は自分の異質さに気付いていた.学べばなんでも吸収し,そこから自分の理論を組み立てることすらたやすい.そして,そこに倫理観は存在しない.
「(生まれもった狂気すら利点があれば才能か.まぁ役に立つならなんでもえぇけど)」
地下街の雑踏を歩きながら島での生活を反芻する.最初から最後まで謙也の関わる思い出しか浮かばない自分に少しの呆れをにじませて.
「(あぁでも…これが無かったら,あの時点で謙也さんと死ねたんか)」
最後の日,財前は生存本能に従い謙也だけを連れて逃げた.謙也はパニックになりつつも財前の手を離すことなく,ふたりで川を泳いで渡り…
「…っ!」
突然感じた息苦しさに,財前は一瞬過去に戻ったかのような錯覚を起こす.しかし現実に自分がいるのは地下街で,感じる息苦しさはあの日の比ではない.
「(なんちゅうタイミングやねん…)」
完璧に思われた逃走劇の,たった一つにして最大の汚点.それは今も発作という形で財前の身体を蝕む.
致命傷には至らないまでも,財前の中には例の毒ガスが巡っているのだ.
「謙也,さん…」
おせっかいな他人に触れられてはたまらないと,財前は死角になるような壁際へ倒れこむ.
止まり始めた思考回路で必死に握りしめた携帯電話は,確かに愛しい人の名前を表示していた.